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表象ということ1

 カントの哲学によれば、人間の認識は<感性・・・悟性・・理性>という3段階によるということになるらしい。概略は学生時代から承知していたことなのだが、哲学者など知的に考える人は、感性は理性に至る低い認識活動だと位置づけている・・と勝手に解釈していた。
 ・・・感性とか直感とか表象・・・とかいう認識に関して・・理解が及ばないところが多かったと私自身改めて感じている。ちなみに「悟性とは具体的判断力、場面的判断のこと、理性とは全体を統括するような知性」と私は考えているのだが正しいのだろうか?

 私だけのことなのかもしれないが「直感」という言葉に、神秘的な印象・・昔の言葉で「神来=インスピレーション」というニュアンスを感じていた。ロダンの影響下にあった、私としては「神来!?・・そんなものない、仕事が全てを教えてくれる」というロダンの言葉による先入観があったし、特に日本の哲学では直感を宗教的直感として扱うような臭いを感じて・・真面目に考えたことがなかった。

 この表象=感性=直感という、人間の脳髄の活動が脳科学的にどう研究が進んでいるのかはしらない。しかしこの分野の人間認識における重さは、<よくわからないからほっておく>といった私のような怠惰さではすまないのではないか・・・と最近思っている。この感性的(内的)世界が存在するらしい・・ということは美術をやってる者には自明のことだろうが、あまり考えれれたことはない。なぜなら感性や表象(イメージ)は出力される=表現されることによって、自明なものになるのであって、あえて脳内がどうなっているか考える必要はなかったからであろう。 (続く)

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ゴヤ展

フランシスコ・ゴヤ1746年3月30日 - 1828年4月16日) スペインの画家
Goya_Maja_ubrana2.jpg

西洋美術館でゴヤ展を見てきました。・・・ゴヤは語りにくい画家です。ゴヤは何を考えていたのか正直わかりません。
何をしたかは良くわかるのに。最晩年の黒い絵・・は何が書きたいのか・・読み解く事が私には出来ていません。

ただ今回見せてもらって、ゴヤはロココ美術から出発しているという事でした。主催者もその辺が狙いだったのでしょう。
このブログで(現在の問題として)取り上げた・・・・・「サロン的人間関係」に関して、・・・・フランスの画家とは違って批判的眼を持って描いている・・・・

 そこが新鮮でした。「奴隷の言葉」という言い方があります。ハッキリと言いたいことはあるのだけど、諸事情で言えない。そうした場合文学ではなかなか表現できませんが、絵画は図像に微妙な表現をのせることが出来る・・・余り宮廷画家として恵まれてなかったゴヤはそうした悪条件の中で「隠喩・暗喩」とでも言った方法を編み出して言ったように思います。
(たとえば版画で、娘を男に高く売りつけようとする母親?が書かれていますが・・それが売春の図なのか、一般の結婚に伴う風刺なのか・・・絵は、そのどちらかもありだ・・・と言ってるように思います。こんな事を、言葉に出したら終わりでしょう)

たまたま先日、16世紀のスペインで書かれた本を見つけた・・そこにはこう書かれていた「島には300万人がいた・・今はわずか200人」スペイン人たちが絶滅させた・・・これを書いたにはラス・カサスというスペイン人の司教。今で言えば内部告発という事になる。岩波文庫で200ページの本だが、この一行で読む気が失せた。・・・ラテンアメリカの近代美術が頭に浮かんだ。

ゴヤは18世紀の人・・・ラテンアメリカの虐殺とつながるのかは不明だが・・・当時のスペインもひどい状態だったようだ。悪条件の中で、表現を生み出して行ったゴヤの天才性に驚く。今まで初期の作品を良く思ってなかったのだが・・・頼まれ仕事の中で、自分の手法を見つけ出して行くその粘りと努力に・・姿勢を正さなければならない。今の若者達が、非正規雇用の中でも自分を見つけ出して行っているように・・・・。

今、鎌倉でベンシャーン展が開催されている。本当はそちらに行こうかと思っていたのだけども、昨日のホキ美術館を見て、ゴヤに方向を変えた・・・写実ってなんだろうか・・と思ったからだ。
3・11以降の日本 今まで見えてなかった妖怪がぞろぞろ出てきたように見える。 武器をうりたい・・原子力をうりたい・・・地震学考古学?では 2000年前にとてつもない巨大津波があった事が明らかになった。(NHKで放映・土佐大学の研究) それを前提にすれば日本に原発など作れるはずはない・・また想定外にするのだろうか?

  ネットから引用

『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 【著】ラス・カサス岩波文庫
コロンブスがアメリカ大陸を再発見した後に、スペイン人たちによるネイティブアメリカンの大量虐殺を行った事実は有名である。
 本書は、その行いをスペイン人の立場から、事実をありのままにまとめたものとして、極めて貴重な歴史的資料である。
 著者は、キリスト教宣教師として50年以上もキューバでの布教活動を行ったラスカサス。彼がその目で見た、ネイティブアメリカンに対する虐殺行為を広く世に訴える形の報告書となっている。
 1400~1600年当時の中世ヨーロッパでは、公開処刑や拷問がごく当たり前のように行われていた時代である。現代人からすれば戦慄を覚えるような行為も、ある程度寛容される傾向があった時代であった。
 しかしながら本書に書かれた記述は、そういった当時の風潮を鑑みても常軌を逸した狂気的な虐殺といわねばならない。
 鉄球に縛り付けた上で、下からとろ火で何日もあぶり続ける、赤ん坊の足を持って岩に頭を叩きつける、誰が一刀で体を二つに切断できるか賭けをする・・・。その結果1500万人以上のネイティブアメリカンが殺された。
 こうした行為が、何一つ正当な理由なく行われたというラスカサス自身の言葉は、非常に衝撃的である。
 人が異なる文化に出会ったときに受ける一種の違和感とそれに対する不安、漠漠とした感に始まり、次第に抑制の箍が外れて大虐殺にいたるという解釈だけでは説明できない現象がここには記されている。

  

ホキ美術館

仏教に関する雑文を削除したら、このブログも少しはすっきりしました。

美術に関しては、書きにくいです。今日は土気にあるホキ美術館に行ってきました。
写実主義の現代画家の作品を集めたという美術館です。昭和の森の近くでした。

森本草介 野田弘志 中山忠彦 磯江毅 青木敏郎 原雅幸 大矢英雄・・・
などの作品が展示されていて結構人が入っていました。私の記憶では森本さん
フォーブな作風だったような印象があるのですが・・いつ写実に変わったのか
ネットで検索してもわかりませんでした。野田さんは美術教科書の常連さんで・・
鉛筆画しか知らなかったのですが、意外に厚いマチェールだったのに驚きました。
レンブラントのエッチングと絵の厚塗り・・に似たものがあるのかもしれません。
大矢さん・・人物の部分の全てがハッチング(絵の具の網かけ)でその細かさに
びっくりしました。(それに気づいた人・・いただろうか)

それにしても、皆さん美人さんを描いていて・・ほんとうにそんなに美人なモデル
さんなの? と思うと同時に、デフォルメや色彩表現やパッションみたいなもの
に意味を感じなくなってしまった現代という時代性を感じます。あれだけ非難された
フランスのアカデミー派の作品に光が当たり始めている傾向もありますね。

傾向としてはオランダ派(ホーホ ステーンなど)の発想と近いように思う。
市民的絵画という意味で。 ・・・ 会場では受け止めきれなかったのですが ・・
家に帰ってみると(なるほどな、と)考えさせられる所が多いです。 


絵を貼り付けるのは著作権がらみでしょうから ホキ美術館のホームページを            
       →   http://www.hoki-museum.jp


修学旅行通信(裏1)

   2年前長崎県立美術館で
   舟越保武さんの展覧会を見ました 2008.12.11   (個人ブログに加筆)
聖原の城
 11月に(修学旅行の班行動の時間に)長崎県立美術館で舟越さんの展覧会を見ました。母校の大学の彫刻科の教授だったにも関わらずその仕事を知りませんでした。神経質なきれいな女性像を作る人・・その程度の知識しかありませんでしたし、西坂の26聖人殉教地碑も端正な表現は理解できても今ひとつピンとこない状態でした。

 今回の展覧会では二つの作品に感銘を受けました。一つは長崎の砂岩で作った一連の女性像です。白い大理石ではなく、グレーの暖かみのある石が作品をすばらしいものにしていました。
 
 また「原の城」と題した武者姿の作品は彫刻の表現に独自な境地を見せるものになっています。原の城がキリシタンの抵抗の場であった島原の「原城」のことだということを知りませんでしたし, 落ち武者風の武士がキリシタンである事も今まで気づきませんでした。頭部だけの習作?もありましたが、くり抜かれた目と頭部の空洞が悲劇を強調しており、空間を彫刻に取り込む意図が作者にあったように思えました。

 一連の作品を見て、ある種の傾向を持つ「彫刻家個人」が、様々な作品を作りながら、自分自身の表現にたどり着く過程を見せてもらい、なおかつ作られた時代性*を感じることができました。

 基本を外した感想かも知れませんが、舟越さんの彫刻は物質的ではない精神的な表現を追いかけているように感じました。・・・ロダンが「歩く人」で試みたように、地球の重力に抗して立つそうした重力との拮抗が彫刻本来のあり方だと私は理解して来たのですが・・ブールデルにもマイヨールにもそれは感じられます。

 舟越彫刻と奈良の十大弟子に共通するもの・・「重力の無視」を感じてしまったのです。こんな事を書くと先生は怒るかも知れませんが・・・・・・・・・・・・・・・・・以前から興福寺の十大弟子に繊細で絶妙な彫刻として優れているのに、西洋彫刻との異質さ、「重力」の軽視や博多人形につながる感覚を見ていました。いまでいう「かわいい」を重視する日本文化の源流がここにあるように思います。(阿修羅を作ったのが日本人であったかは不明ですが・・)
                                         2008.12.11

26聖人
ここから書き始めましょう。去年、N君が遠藤周作の「沈黙」を読んでいる・・という事を言っていました。こんな話しです(ネットから切り貼り)

     夜明けに、ロドリゴは奉行所の中庭で踏絵を踏むことになる。すり減った銅板に刻まれ
     た「神」の顔に近づけた彼の足を襲う激しい痛み。そのとき踏絵のなかのキリストが「踏
     むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつため
     に私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」と語りかける。・・・

秀吉の禁教からはじまったキリスト教弾圧は過酷なものとなり、「ミノ踊り」というようなわらで出来た簑(みの)に火をつけるという刑罰がなされたりしました。私たちの行く長崎や島原・平戸などは・・キリスト教信者が絶滅させられたあとに作られた町と言ってもいいくらいです。何が問われたか「神を信じて死ねるのか」という事です。これを殉教と言います。
遠藤さんは・・自分に嘘をつかない。自分の信仰を捨てない・・・というキリスト教の厳しさ・・を疑っているのです。踏み絵・・キリストの顔を踏みつける・・事をキリストは本当に許さないのか

 キリスト教の厳しさ・・思想・を問うているのです。私はブログに「時代性」と書きました。

 被爆を文化祭で語ってもらった市原さんに私は「十字架を背負った人」を見ました。遠藤周作さんにしろ、舟越さんにしろ・・戦争(第二次世界大戦)を背負っているのだと思います。

 戦争を止められなかった自分を背負っているのだなあ・・・舟越さんの作品を見ながら、そうした苦悶している作者が見えて本当に驚きました。(私は、ヨーロッパ風のきれいな女性を作る彫刻家としてしか見ていませんでした・・本当に失礼なことです)
 舟越さんが・・キリスト者であったにも関わらず、原城での闘い・・天草四郎を中心とするキリスト教徒4万人が包囲され殺されるわけですが・・・英雄、聖人として作らなかった・・空虚を見るような表現に本当に驚いたのです。
 ↑上の26聖人の像は50歳ころの作品です。展覧会には26体の彫刻と同じ大きさのデッサンが並んでいるのに驚きました。・・正直言うと、この26聖人の像は真面目で丁寧ですが感動的という感じを受けませんでした。ところが60歳の時の原の城 は・・きれい・・そうしたものではなくすごみのある、敗残・空虚・・心の支えを失った人間を作り出したように思います。

  神よ何故我々を助けなかったのか・・と問うているような作品です。

     ( ネットから引用 )

ダミアンは、ベルギー人の神父で、三十三歳の時にハンセン氏病の人たちが隔離さ れているハワイのモロカイ島に自ら志願して赴任した人だ。神父が患者たちにいたわりと同情の言葉をかけても、誰も聞いてくれない。「貴方達、癩者は」と呼びかけても彼らの心に響かないのだ。ダミアン神父は、それでも患者たちの生活の世話と治療を続けた。十年たったある時、足に熱湯をこぼしたが熱さを感じなかった。顔や手にその病の兆候が現われた時、彼は初めて患者たちに、「我々癩者は」ということができた。

ダミアンの悲願であった、患者たちへの言葉がやっと通じたのだ。 このダミアン神父の残された写真を見た舟越保武氏は、恐ろしい程の気高い美しさを感じ、その像を作ったとい う。これ以上崩れることはないと思われる顔の中に、美醜を超えた強い気品を覚えさせる彫刻である。
病醜のダミアン
 
                     美しさを追い求めた舟越さんは
                 一方で 醜さの中の美を 追い求めた人でもあった。






シャガール展

シャガールを見て来ました。東京芸大の美術館です。シャガールそのものは良くわかりませんでした。・・・良い絵だと思うのですが・・・何が言いたいのかわからない・・という感じが残っています。10月まで展覧会をやっているようなのでもう一度行って見るつもりです。 (ですから、今日は周辺的話題を書きます)

 一番驚いたのは、女性が多いという事です。しかも若い人が・・・ついでに言うと美しい人が多い。 その次に幸せそうなカップル。 おじさん・おばさんと続くようです。今、美術館は高齢者の集団に占領されて、高校生などほとんど見られない・・・だから「国立」の場合、常設展は高校生を無料にしている・・のですが、「シャガール展」は例外的でした。・・・私は美術展に音声ガイドなどじゃま、絵と向き会って読み解けばいいという主義なのですが・・・今回は「音声ガイド」を借りれば良かったと思いました。文字のない絵本を見せられている感じ・・でした。

 シャガールが亡くなったのは1985年ですから、私が高校、大学だった時は現役で活躍中だったのですが・・・当時から女性に人気の高い画家でした。愛と抱擁と結婚と花束がモチーフだからだろう・・・青がきれいでいい絵だけど「甘いな」と高校生の自分は考えていました。(かなり大きなピカソの絵だって数百万円で売られていたのを・・・思い出します)

(今はどう思うのか・・・こういうのも「あり」かな?・・です。あくまで書く側としての発想ですが)
 
 この展覧会の代表作の一つが1945年作の「彼女を巡って」でしょう。画集によると1944年に妻のベラを失って・・放心の時期をすごしたあと書かれたといいます。その辺の事情を知って・・改めて驚いたには「色彩」に変化がない事です。絵の存在感にも、放心の跡がない力強さです。(やはりプロは違う・・?)

* 業務連絡みたいな情報を

   1  今年の芸大の「藝術祭」は9月3・4・5の三日間です
   2  今年の「藝術祭」の看板、秀逸です・・ネタとして素晴らしい
   3  藝術祭・・の準備はもう始まっているようです。模擬店などが・・・


マチスのタヒチ

アンリ・マチスがタヒチに旅行したという本を読みました。意外にもマチスはゴーガンへのコメントを残していません。・・むしろそこへ話題がおよぶことをさけているようでもあります。

 「光を見に行ったが、タヒチの光に満足できなかった」ということのようです。いつもニースの光と比較している自分を感じていたようです。買ったままほってあった「マチス・画家のノート」です。値段を見たら6000円とあって、値の張ることと、それを今まで放置していた事に驚いたのですが・・・・今更ながら良い本なのに驚いています。  マチスがセザンヌを愛し、セザンヌを支えとして自分の作品をつくりだしてしていた・・と聞いて、どういう事かと疑問を持っていたのですが、セザンヌ主義展で私が見いだした「印象派としてのセザンヌ」・・セザンヌの肉付け・・と感じたものを、マチスは「ひかり」として感じてい たようです。

 ガスケ・セサンヌp234>
 
S ・・・・ねずみ色を一つも描いたことのないうちは、画家じゃないんだ。
G プロバンスはねずみ色のことが多いですね。
S 絶対ない。銀色ということはある。・・・・・・そう、ここでは地面はいつもうち震えている。光を照り返して・・・・
 それでいて・・・あんなにいつもニュアンスが豊かでふんわりしている。ひとつの拍子がそれを延ばしている。

 マチス・画家のノートp122>

日暮れどきの河畔のニューヨークを見ると、高さの異なるこれらの大建築がさまざまに色どられて、小春日和の空にうっとりするような光景を見せます。11月末までの光は非常に澄んでいて、非物質的で、水晶のように透明な光で、トゥーレーヌ(ロワール川中流地方)の光のように、とろっとして、まろやかでそして物を愛撫するような、オセアニアの光とは対象的です。それはイタリアのルネッサンス前派の光のようにきわめて絵画的な光です。


*同じような様式、同じような思想だから・・・そうした大さっぱな発想で物を類推してはいけない。マチスのノートはそうした事を教えてくれます。・・・・“ニースのひかり”・・・か!

  2009.08.15

ハンマースホイ

ハンマースホイ1
 先日、西洋美術館で「ハンマースホイ」の展覧会を見ました。たぶん時間が過ぎてみれば、日本では記憶もとどめず一時的な注目で終わりそうな画家です。デンマークで19世紀末を中心に活躍した画家です。 

 否定的に書きながら、私自身は2度も通ってしまいました。「画集・カタログ」が劣悪で本物の良さがとんでしまっています。記憶に焼き付けるしかすべがない・・拡大鏡を購入し再度行きました。表現は題材はフェルメール。色彩は基本的にモノクロームだが、色彩表現はスーラのような質を持っています。つまり、色のないスーラ=白と灰色の点描でフェルメールをやり直したといった作風です。油絵のねっとりと盛り上がった白絵の具とグレーの点描が揺らめく光を表現しています。「愚直」と言える表現に驚きました。誰でも出来そうで・・でもやる者はいないだろう。と思える表現です。このような絵画を理論化してイズムとしてバックアップする人はいないだろうし、事実いなかったでしょう。ただ仕事だけが(結果としての作品だけが)彼を勇気ずけ新しい創作に向かわせたのでしょう。
 絵画=絵を描く、ということはかなり「不自由」な事で、そう多彩に構想した事を表現できるような芸術ではないらしい。そうした事を彼の絵を見ていて感じたのです。事実飽きもせず同じような図柄の作品が並んでいました。そうであっても鑑賞者を飽きさせる事はない。・・(ただものでは無い!)

 禁欲・超然・非日常・・・ロイスダールやフェルメールやスーラやフランチェスコなどを思わせる作風です。こうした超然性は日常生活への無関心として論難される場合がありますが・・?!いや、絵画はそうした日常論理とは異なった場であり、超然とすることで、日常への関心が引き立つというパラドックスもありうる。(最後は言葉のアヤに近い文です。文にするとこんな表現しか思い浮かびません。)   2008.12.10

ハンマースホイ2
 ハンマースホイの作品に何か重要なものを見た気がします。何の変哲もない、何も奇をてらったところもない・・日常ありふれた室内図
 ワイエスのようなノスタルジックな意図的な構成もない・・同じものを様々な角度から書く・・飽きもせず。それでも十分に作者の人生の密度が伝わってきます。窓だけを書いて死んでも本望・・こうした禁欲ぶりは見事です。
 しっかりした描き込みなのに、人生のうつろいが作品にあります。モネ以上に印象派的です。色がないのにスーラのようです。描いている画家がしっかりそうした人生のうつろいを凝視している。人がいない室内図なのに、寂しくもない。描く対象=モチーフの意味は、そう、言葉の意味どおり動機=きっかけでしかないようです。
 ほとんどの画家が対象を描こうとしています。対象にこだわり、テーマや表現にこだわっています。
ハンマースホイのみが、見ているという行為にのみ集中し豊かな表現を残している。そう思えます。近いといえばシャルダンでしょう。   2009.01.27

ハンマースホイ3
 「 普通に描く 」 ハンマースホイにぞっこんになってしまった私ですが、無理のない普通の表現というものを・・ある意味・・初めて教えてもらった気がしています。
 「 何だって絵になる 」 こう言ってしまうと違うかもしれません。ハンマースホイはモチーフは選んではいました。だからと言ってモチーフに意味性を求めてはいません。 光と陰の中で変幻する対象を、秩序づけ、描こうとしている自分の中の整合性・調和感覚 そうした見ることが主要な関心事です。
 「 絵である事 」 ハンマースホイは「絵画表現」と「現実の実在する対象」 その違い、絵画表現の限界を十分知って描いています。 「実在感」を求めるあまりの節度の喪失・・そうした無理をしない画家です。具体的には近景の表現を、リアルにしないでほどほどにとどめている=点描風にです。
 「 リアリズム 」 今の傾向は、作者の感情をころした客観描写が主流だろうと思います。(古い認識かもしれませんが) 主観をもって描くことへの不信がそこにあって、敢えて写真と張り合うような表現が多いようです。確かに泰西名画風のわざとらしい表現の作品群を見ていると絵画表現とはこんな事しか出来ないのかという気分なります。ハンマースホイのリアリズムは絵画の限界を認識した上でそれでも絵画には可能性がある。そうしたことを語りかけているように思えました。  02.01
プロフィール

abatorie10

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