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断片01

 上野公園の改札口を出る。雨はやみそうもなかった。少しの興奮と、諦めのまざった気持ちで、水たまりの公園を歩いていった。遼は、ともかく作品を見て早く帰りたかった。3月に自分を阻んだ東京芸大の門はあまりに高く遠いものに感じられた。大学の門をくぐる。何度も訪れたところなのだが、拒絶されたという苦い思いがわき出してくる。それでも受験生にとって芸大生がどんな仕事をしているのか、どんな傾向が流行っているのか、教授の感性はどんなものなのか、見ないわけには行かなかった。

 高校時代の混乱からやっと抜け出し、浪人1年目の前半を何かをつかんで出発していた。自分を天才とは考えない・・絵で行ったら、セザンヌのような気性の激しい画家ではなく平凡でも着実な仕事をするピサロのようなスタンスで絵を描きたいと思っていた。遼の出身高校は地域のエリート校で、何事も才能で判断する体質の学校だった。下積みの努力や友人への配慮などは一種の道楽と考える傾向にあったのだろう。結果さえ出せば注目をあびる。美術部の顧問の言った一言をいまだに遼は許していなかった。「君は人間がいいかげんだからこんな絵を書くんだ」高校2年の秋、友人が展覧会で賞をとった。新聞社が来た。大きく新聞に載った。「天才少年現る!写真は彼をたたえる友人達」そんな大きな紙面だった。記者は言った「君も絵を書いているのかい。さあ彼をはげますようなポーズをとってくれなくちゃ」友人はその日から学校で一目置かれるようになり、彼のためならモデルになってもいいという女子生徒も少なくなかった。

 高校2年の夏までは、こんな波乱がおこるとは思ってもいなかった。2年生秋の心の混乱は絵に現れた。あせりの中で何をしたらいいのかまったくわからなくなっていた。スランプ=混乱は1年半続いた。長い長い時間だった。感情の混乱が絵から色・・つまり感覚を奪い去っていたのだろう。感性のない理屈で書いた絵が進歩を見せることなどない。袋小路に入っていた。のろのろと最初からやり直す。それが遼が選んだ方法だった。
芸大に落ちた。芸大以外は受けることも無かった。

 偶然にか、美術予備校の教師に恵まれた。教師の名前は矢川輝男と言った。芸大での新進作家だった。「「形と明暗が1学期中に出来ればいい。クレーをみよ。コローを見よ・・かれらはそれだけで芸術家になれた」指示が明瞭だった。人格も才能も問題にしなかった。馬鹿にしていた木炭の塗り方が絵のできを左右する・・こんな単純なことで躓いていたのか。目から鱗であった。


 上野の山の芸術祭は門の近くでパンフやレオナルドの人体比例図のポスターを売る女子学生の声で華やかだった。遼は実務的に玄関を入り、油絵科の教室のある2階に登っていった。山口薫教室 小磯良平教室 林武教室 学生は担当教官に所属しているらしかった。山口教室の油画は、色彩豊かだったし、林教室は個性的だった・・そんな風に教室ごとに個性があった。印象に残っているのは牛島教室で、教授の名前のパロディーか牛頭の骨が飾られていた。作品は全てと言ってよいほどセザンヌ風の人体が並んでいて、その質の高さと個性のなさに圧倒されていた。・・・浪人生としての仕事は終わった。遼はのんびりと階下に降りて石膏室に行く。向かって左にガッタメラータ騎馬像 右にコレオーニ騎馬像 左すみにミケランジェロのモーゼ像 メジチの像 ロダンのバルザックもある・・・秋の雨は降りやまない。全面ガラスの天窓を雨が筋を引くように流れている。トイの中を流れる雨の音が聞こえて来る。 
「あれ遼じゃないか」声をかけて来たのは同じ浪人仲間の淳一だった。「石崎に案内してもらってところなんだ」「よかったらどう」石崎がそう言う。石崎とは天才少年と新聞にも載った友人である。彼はそのまま順調に現役合格をはたした。「でも友達が来るって言ってたけどいいのかい」と淳一が言う。「いやいいんだ」
 石崎は黒のビロードの上下を着ている。まるで貴公子の様だった。遼には芸大生になってまったく見知らぬ石崎の姿があった。「友人が来るのか・・・さぞ広い付き合いをしているのだろう」遼はそう思った。それにしても、貴公子然とした石崎に対して自分は絵を書くいつもの作業服で芸大に来た事を少々反省もした。 

「石崎君 お友達が玄関でお待ちですからおいで下さい」2階で油を見ている時放送が入った。「じゃあ、待ってて」と石崎は言った。淳一は「中学の友達らしいよ」と遼に言った。
遼は驚いた・・・「俺が知らないはずない。同じ中学、同じクラスで過ごしたのだから」
石崎が誰が好きで、遼が誰が好きだったのか・・当然知る関係だった。
「知らないはずはない。言ってみよう」遼はそう言って走って下に降りた。「たぶん石崎が好きだと言っていて、モデルにもなってもらっていた綾なのだろう。」そんな事が頭に浮かんでいた。

 石膏室の中通路を、石崎が二人の女性を案内してくる。一人は茶のワンピースを着ている。雨天で薄暗い室内では誰だかわからない。何やら話しながらやってくる。「しばらくです」もう一人のクリーム色のスーツを着た女性が遼に挨拶した。「沙希」だった。薄暗い石膏室を背景に彼女の周りに花びらが散るような錯覚に襲われた。・・・ちょっとしたトラブルから、話も出来ないまま、思い続けた7年間があった。ああ、石崎は連絡がとれていたんだ。私に気を利かせて彼女をつれて来たんだ。でも・・。なぜ こんな時に。

 「まいった。悪いけど帰る。石崎にそう言っておいてくれ」石崎が先頭で二人を案内した時、遼は淳一にそう言った。それだけで何があったかわかったようだ。「~エッ、でも帰らなくても」と言った。

土砂降りの雨の中で 遼は「カレーの市民」を見ていた。天の中央から雨が放射状に降ってくる。処刑を待つ男達の像である。ムーブマンに身をよじらせ、悲劇に耐えてただずんでいる。「雨の日のカレーの市民が好きだ。ほら、この鼻から落ちようとしている水玉」石崎が昔雑誌を見ながら言った言葉だった。そんな石崎の言葉を、こんな時に確認している自分が情けない。遼はそう思いながら、土砂降りの雨に中に立っていたかった。

( あすは 芸術祭だなという日に )

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