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自己了解のメモ

 大乗仏教といわゆる初期仏教に関して書いてみたい。・・・と言っても研究者でも、何かの信者でもないので自己流は免れないですが、自分なりの了解の仕方です。

 大乗=日本仏教は、様々な展開をしていてまるで違った宗教みたいだと思います。個人的に宗教としてただ一つわかる・・と思えるのは親鸞の浄土真宗です。ただ私の理解の浅さか・・・罪業が深い・・・と自分のことを思えないと、そのありがたみがわからない・・・そういう構造の宗派のようです。現世ではどうしても立派な事が出来ない、良いことをしたつもりなのに、そうした事が悪にしかならない。現世とはそう言うものだ。そういう考え方は、釈迦の「苦諦」と近いでしょう。ここで「義なきを義とす」とか「仮の浄土」とかいう絶対他力論を書く余裕は今はありません。

 さて釈迦仏教(初期)ですが、善いことをせよ・・という教えが基本のように思います。「四諦」「八正道」というようにです。・・・親鸞さんに言わせればそんなもの所詮無理・・なんでしょうが、私はこの間別の受け取り方をしました。「善いことをする以外に打開の道はない」そんな場合もあります。釈迦はその最後の教えで「自らを灯明とせよ」と教えたと言います。・・・人間の感情を理性で統制するなんて事は無理な事です・・・なぜなら、心のあり場所が違うからです。感情を理性で統制しようとすることが、感情を結果的にあおってしまいますし、理屈で克服しようとすると、必ず感情(身体)が反発して来ます。・・・「自らを灯明にせよ」・・とは、人は何も所有できないという事です。
 自分を輝かせるのは、物でも他者でもない・・・自分だけだ・・ということでしょう。そして善も、人のためというより自分の考える理想状態への自己決断・・・以外の選択は結局「依存」や「逃げ」でしかないでしょう。
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