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感情の分析2

「感情の分析」なんて事を書いてしまいました。 昔、美は「認識」なのか「価値」なのか・・・という事が論争された事がありました。ある人がそれに対して「美は感動だよ」と言いましたが、論議は絡みませんでした。・・・美学に素人の私には・・いったいどこに論点があるのかさえ理解できないで来ました。

 ??・・・今、美術で「感性」という事は言われても・・・「感情」という言葉は使われません。 セザンヌに代表される近代絵画は「感情を禁欲した」と言って良いでしょう。セザンヌは初期の「情動的絵画」否定して、印象派的色彩に自分の感性をのせて成功しました。・・・光太郎も「物語性の排除」を主張しました。こうやって考えて見ると・・・私の19世紀絵画の読み直しという最初の意図に合った、考え方の進化が自分の中にあるのかも知れません。 芸大の野見山先生も「セザンヌ初期絵画の見直し」をおっしゃっていました。

 美は名詞で語るものではなく「美しいと感ずる」と動詞形で表現すべきではないか、美とは「美的感情」の事でしょう。・・・そして、この前の文で書いたように「感情とは複合的なもの」であって「価値感情や美感覚」などの様々な要因による・・・と考えるのが「美の固定化」・・・美の抽象化、イディア化、アカデミズム化、思弁的論議を克服する契機になるのではないかと・・・今思っています。

 感情を「喜怒哀楽」という風に類型化して、終わりとする傾向があります。仏教でも「怒らないこと」という本が今売れています。こうした抽象的に「怒り」をとられるという傾向は誤り、または軽薄ではないかと思います。
 形而上学がどこからかひっそり忍び込んでいるように思います。・・・怒らない事に意味があるのではなく、怒らないという実験が・・・仏教的には心のあり方を発見させる修行の過程なのではないかと、今思うのです。

 つまり「怒り」も複合的感情で・・・怒りを単純に否定してすむものではないでしょう。仏像に憤怒の相があるように。






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