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マチスのタヒチ

アンリ・マチスがタヒチに旅行したという本を読みました。意外にもマチスはゴーガンへのコメントを残していません。・・むしろそこへ話題がおよぶことをさけているようでもあります。

 「光を見に行ったが、タヒチの光に満足できなかった」ということのようです。いつもニースの光と比較している自分を感じていたようです。買ったままほってあった「マチス・画家のノート」です。値段を見たら6000円とあって、値の張ることと、それを今まで放置していた事に驚いたのですが・・・・今更ながら良い本なのに驚いています。  マチスがセザンヌを愛し、セザンヌを支えとして自分の作品をつくりだしてしていた・・と聞いて、どういう事かと疑問を持っていたのですが、セザンヌ主義展で私が見いだした「印象派としてのセザンヌ」・・セザンヌの肉付け・・と感じたものを、マチスは「ひかり」として感じてい たようです。

 ガスケ・セサンヌp234>
 
S ・・・・ねずみ色を一つも描いたことのないうちは、画家じゃないんだ。
G プロバンスはねずみ色のことが多いですね。
S 絶対ない。銀色ということはある。・・・・・・そう、ここでは地面はいつもうち震えている。光を照り返して・・・・
 それでいて・・・あんなにいつもニュアンスが豊かでふんわりしている。ひとつの拍子がそれを延ばしている。

 マチス・画家のノートp122>

日暮れどきの河畔のニューヨークを見ると、高さの異なるこれらの大建築がさまざまに色どられて、小春日和の空にうっとりするような光景を見せます。11月末までの光は非常に澄んでいて、非物質的で、水晶のように透明な光で、トゥーレーヌ(ロワール川中流地方)の光のように、とろっとして、まろやかでそして物を愛撫するような、オセアニアの光とは対象的です。それはイタリアのルネッサンス前派の光のようにきわめて絵画的な光です。


*同じような様式、同じような思想だから・・・そうした大さっぱな発想で物を類推してはいけない。マチスのノートはそうした事を教えてくれます。・・・・“ニースのひかり”・・・か!

  2009.08.15
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