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空仮中


仏教論・・少しは進んだような気がします。 たまたま見つけた本ですが・・半分くらい納得。

中国天台宗の考え方 空・仮・中 です。 空を無として考えるのではなく有として考える。
少し前の宇宙論にエーテルというものがありましたが・・科学的には否定されました。
同じように真空と言ってもなにもないのではなく、それはニュートラルな状態であって
たとえば電子とは、そこから何かが欠けたか、過剰かの状態なんだ・・・と言うのを
30年くらい前に読んだ事があります。この仮説・・・どうやら死んでなかったようなんです。

そうであるなら 色(物質)は空であり、空は色である・・・なんてことは論理的に当然なことになります。

仮というのは主観的に見た外的世界  と理解するなら イメージ世界の事になります。

そして中とはその二つがアウフヘーベンされた世界という事になると、科学的認識論そのもの

この考え方が正しいなら、中国仏教はずっとまえから有の弁証法の考え方を持っていたことになります。
本当かな・・と思いますが。面白い考え方です。

引用

量子論における真空は、決して「何もない」状態ではない。常に電子と陽電子の仮想粒子としての対生成や対消滅が起きている。

ポール・ディラックは、真空を負エネルギーを持つ電子がぎっしりと詰まった状態(ディラックの海)と考えていたが、後の物理学者により、この概念(空孔理論)は拡張、解釈の見直しが行われている。

現在の場の量子論では、真空とは、その物理系の最低エネルギー状態として定義される。粒子が存在して運動していると、そのエネルギーが余計にあるわけだから、それは最低エネルギー状態でない。よって粒子はひとつもない状態が真空であるが、場の期待値はゼロでない値を持ちうる。それを真空期待値という。たとえば、ヒッグス場がゼロでない値をもっていることが、電子に質量のあることの原因となっている。



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