スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

表象ということ2

なぜか <現実・・・・表象・・・・表現>こうした「表象」を真ん中に挟んだ図式が頭に浮かんだのです。

<現実→表象>というのは 感性的認識というように普通の素朴なものの認知です。
人は目と耳と・・つまり五感で物事を見て心に留めます。 こうした感覚は関らずしも
言葉になるとはかぎらない。「あれ、昨日と違う」「あれ目があわない」こうした感覚
のよる認知がどんな論理より本当のことを見抜いていたりします。
「直感」という言葉を難しく考えるよりそうした「女の勘は鋭い」と言った日常語として
理解していいのだろうと思います。

現実(外界)があって・・それを認知する。その時に「表象=イメージ」が形成される。
外部と内部の「往復運動」があって「表象的認識」が形成されるのではないかと考えました。

厳密に考えると、人間の認識で言語=概念が関与しない認識はないでしょうから、正しい
かどうかわかりませんが・・・別の方向から、つまり動物の認知を考えた場合、言語はありません
から、認知行動の生物的発生は、そうした<表象>といった段階から出発した・・と考えたほうが
正しいように思われます。そした認識が・・つまり大脳皮質によらない認識の世界も膨大な範囲
に存在しているのではないか・・簡単に深層心理と言って済む問題でもないのではないか・・
と考えてみます。

今文を書いていますが、頭の中で言葉が走っているのを感じています。言葉が・・何かを探している
・・その何か・・・自分の経験的感覚・・・に言葉を与えようとしています。ブログを書き始めて、そうした
言葉が計算しているなと思うことが多くなりました。手書きの場合の思考が書くという肉体的反応を
伴うのと異質な思考が展開しているように思われます。単語を置いた・・ところから発想がはじまる
のでしょう。

本題に入らない所で・・長文になってしまいました。一度切ります。

以下メモ(下の文に繋げる・筋道がまだ見つかっていません)

そうした認知は何かの異変を伝えます。人は日々そうした「触角」を頼りに生きています。
人間関係のほとんどが、知的な判断ができるデーター無しで関係性を作っているからです。

そうした物事との出会いが・・脳髄の中に「表象=イメージ」を形成していきます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

abatorie10

Author:abatorie10
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。