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構図2

構図・・・で私が発想している事は、コンピューターのOS と アプリの関係のように 「素の人間性」 と 「その上の思想」 そういう関係性の上に 現在の人間がある・・・という事です。 「広い意味での本能」 と 「物の見方考え方」 と言い換えてもいいかも知れません。

  ・・・なぜ こんな発想をしているのか どこから思いついたのか  ・・・ 自分でも良くわからないでいますが・・・

 まず 思っているのは 「人間は 矛盾的存在だ」 と言うことです。 「個人的利害」と「共同的利害」この矛盾的価値概念を共に担うようにプログラムされているように感じます。人間がポリス的動物だと言われるように・・共同性・集団性を欠いた人間は人間ではあり得ないでしょう。 しかし、現代は「人間は他者に対して狼だ」とする方が常識なのでしょうが・・・・。もっと古典的矛盾は
キリスト教の「原罪」が示すように「知的になってしまったが故の矛盾」です。この知性・想像力が暴走して悪さをする・・・信じられないような独裁者にもなるわけです。

 そんなふうに 人間は素では矛盾的にプログラムされているのではないでしょうか。 それは開かれたシステムで、その時、その時個別に考えていく事を要求するシステムのように思います。 そこには一般論としての解決方法はない・・・のでしょう。


 *メモ  人の恐怖心というのは 多くの場合 想像力によっています。私の場合 一番恐ろしかったのは「妻の死」でした。「死ぬと告知された」と言う事でした。 「限られた命の時間」 とか「何のための生なのか」とか 答えられない問題が意識されていました。 仏教で「生死は一大事」と言われたり、「メメントモリ」でしたか?死を思え・・とか言われますが、私には宗教業者の宣伝文句にしか思えません。「死は実体ではない」と言うのが正しいと思います。実際に死が近づくというのは、生きにくくなる過程です。死が近づくとは、生が悪条件の中で頑張ることです。その過程で死はあり得ません。・・?
 
 *釈迦が「人生は苦」と言ったように、人間は苦しむように出来ているのでしょう。知性と想像力を手に入れてしまった人間の宿命でしょう。お気楽に核エネルギーから楽だけを引きだそうとする「怠け者」にエネルギー管理を任せてはならないように・・・。

 *ここ数日 心に引っかかっているのが「人間の虚栄心」です。・・・様々な局面で 「同床異夢」を見ることが多くなっています。行動を共にしながら別の物語を生きている。 やはり「社会主義」が死んだことが、大きな物語を困難にしている・・進歩や発展に方向性が見えなくなっているためかも知れません。昔だったら、「所詮大衆は」とか「思想性がない」と切って捨てればよかったのですが・・・今はそうした特権的立場にだれも立てないからでしょう。・・・・・それでも、自分の華やかだった事を語り、今を受け入れないことを恥ずかしいと思わない・・・まるでゴーリキーの「どん底」みたいな話を聞かされた・・・恥を恥と感じない人間が増えている・・・これも衰退期の特徴なのでしょうか?


 

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