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解題

 生徒さんに「わからない」と言われてしまいました。「宗教にも関心がない」とも・・・・まあ読者がいるはずもないと思っていたのに反応があった方が意外でした。「仏教」を高校生が理解するには人生経験がかなり不足しているように思います。「偉そうに」などと思わないでください・・・そんなものを理解しない方がよっぽど幸福なのだと思います。

 私自身は仏教を宗教と考えていません。ギリシャ哲学と同じように、仏教哲学・・・人間の生き方に関する考え方と思っています。私自身は霊の存在も、神の存在も、阿弥陀仏の存在も、極楽浄土も存在するなんて非科学的なことは一切認めてはいません。
 それでも親鸞さんの言う、南無阿弥陀仏・・・これは知恵の光に帰依します・・という事なのですが・・・と「人は必ず救われて浄土に生まれる」という考えかたは=鎌倉時代なりの「人権宣言」だと考えています。この現代語に言い換えれば「人間は幸福に生きる権利がある。人は知恵の光・・つまりエゴイズムを乗りこえた地点での知恵に従って生きなければならない」ということです。

 だいぶ前ですが「不登校」になってしまった女の子に「誰も君の不幸を願っている人などいないよ。君が幸せになってほしいという声が聞こえないかい」という事を言ったことがありました。まるで妖精のような少女で、繊細すぎる心の持ち主でした。結局高校は続かず、数年後に「大検に受かりました」という手紙をもらいましたが「返事はいりません」ということでその後の事は知らないのですが・・・今年の5月に、卒業生が突然に来て「彼女はどうしているだろうか、高校時代に好きだったのだけど」と言ったのでびっくりしました。そういえば「彼女と話して見て」と言った記憶もよみがえりました。

 「弥陀の声が聞こえないか」という言葉で私は理解しています。あまりに宗教ぽいので他人に言ったことはないのですが・・・・現代風に言うなら・・・人類の幸せを求める声が世界に満ちているのが君には聞こえないかい・・・ということです。
 ただ、こんな言葉は「不登校」などという不幸に直面した人には通用しても、元気で幸福だとおもっている生徒に理解出来ることではないのです。「暗い」という一言で無視されてしまうでしょう。

 「ああ、高校生ってプラトンなんだ」と思わされたのが、去年の君たちとの出会いでした。そこから出発し直しましたから今、このブログが書けなくて困っています・・・・ただ、また仏教に戻って見よう・・・たぶんプラトン批判をしないと正しい道は見つからない・・・などと考えているのです。

 こういう事です。ギリシャ哲学は「節度と調和」です。美は善で真でもあります。高校生はこんな世界が大好きです。善い人で美しくて賢い・・・少女漫画の主人公です。去年のクラスはそんな(ことを求める)クラスだったと思います。

 そんな中でも勇気を生み出す歌(声)はないか・・という事です。そして思いついたのです。去年私は「文化祭は妄想だ」と言い続けました。そしてつい最近気づいたのです。人生も同じではないか・・・という事です。

 「善い」事とは今は無い・・という事です。「どうせ駄目」「人間はエゴ」「人は信用してはだめ」これらの現実的と言われる考え方に私たちの夢は負けています。
 そうではない・・・と言ったのが「釈迦」だったのだという事を最近知らされました。日本では小乗仏教と言われ劣ったものと見増されていた、初期仏教ですが、信じる事より行動することの方がむしろ簡単ではないかと思うのです。

 「自らを灯明とせよ」・・・釈迦の遺言の言葉だと言います。あなたの「善い」でいいのだと思います。私の「善い」でいいのだと思います・・・・それそれの「善い」の違いがあったとしても・・・みんなが「善い」を求めている以上はつながる事ができる。

 これでどうでしょうか


 
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