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恋愛と世界観(まとめ)

昔々のことです。20歳の私は「失恋」しました。・・ある女性(中学の同級生)から突然の電話があり、会ってみると「私、○○君が好きなのだけど・・今彼はどうしているか知っている?」という話でした。

 ある女性とは、私が長く思いを寄せていた人であり、彼とは、長く親友でありライバルであった人です。
 (いや・・もっとライトノベル風設定でして、3人とも中学で同じクラス、彼とは、小・中・高・大と同じ学校でした)

 そんなわけで、彼女が私の気持ちを知らないはずもないのでしたが(たぶん彼女はこう言いたかったに違い有りません・・あなたが私の事を好きなように、私も彼の事が好きなんです。思っているんだけど手がかりがなくて・・「彼に告白したいんだけど、可能性ある?」)・・・もう一つのメッセージは「あなたは私に告白したいようだけど、私の本命はあなたじゃない」という意味も含んでいたようです。・・今もある駅前の喫茶店でした。手もつけずにコーヒーは冷たくなっていました。

今と違って私が告白まで何年もかかったように、彼女も告白まで何年もかかってしまったようです。・・・・そして何年もたってみたら「生きている世界が違っていた」という事に気づいた・・・ということでしょう。

 私がトーマスマンについて書いているのは「彼(○○君)は、芸術家」で「私は、俗物」だからです。・・・そしていまだにマンにこだわるのは、私がマンのような「俗物を愛する芸術家」にはなれてなくて、単なる「俗物」だからでしょう。

私の原点はここです。でも暖めきれなかった卵みたいで、孵化しませんでした。
マンを「先進的民主主義者」ととらえ、マルクスの方に引きつけて考えすぎました。
 この文の「恋愛と世界観」というのは20歳の私の第二の誕生というべきあがきだったのです。・・・別の言い方をすれば「いかに生くべきか」ということです。

 
 このブログで私が書いているのは「絵画における肉付け」「光」です。こんな美術用語はありません。彫刻でもないのに「肉付け」は変なのですが・・マチェール(材質感)というような絵の具ではなく、表現されたものの質感を問題にしたかったのです。トーマスマン流に言えば「生命」という事になると思います。今の美術は「美」を問題としません。

・・・でもそれは理屈の上の話で、本当は「美」に立脚しない美術はなりたたないと私には思えます。素朴な「俗物的な、わかりやすい美しさ」・・・それはマンの言うように「危険な領域」でもあるのでしょう。

  ここに、そう書いておきます。何年か後に「あのときが転機だった」と書けると嬉しいです。


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