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恋愛と世界観(その3)

 自己愛(ナルシズム)について(序)

 私が20歳だったころの問題意識で書いて来ましたが、少し時間を進めて30代後半の経験から書いて見たいと思います。君たちのお父さんお母さん年代に近い話題です。このころ何があったか「オーム真理教事件です」

 私の青年期は「大学紛争」がありました。だから「恋愛と世界観」などという問題意識も生まれました。(教養主義の最終盤という側面もあったかも知れません)

 その後の世代は「子供部屋と趣味の世界」のまま大人になってしまったようです。(社会に関わらす、消費生活が全てでしょうし・・・ブランド物・・という発想にも驚いたものです。たたのビニールバッグに大金を出す・・という価値観・・・美とは「記号なのか」と思ったのはこのころです・・・少し追加します・・・校内暴力が頻発したころの事ですが、高校生はピンをどこにつけるかで彼氏募集中・・そうしたコミュニケーション方法が見られました。当然のように「美的でない服装でです」マッチョで有ることが大切でしたから・・今で言う「オタク」は、かなり無理して生息していました。恐竜時代の哺乳類みたいに・・・ )

 子供の時の心理状態を「全能感」と言います。「何でも出来る。自分に不可能なことはない」そうした感覚を子供は持っていると言います。しかもこの世代は日本がバブルだった時代に青年期を過ごし、貧困を実感することもありませんでした。そんな平和な中で起こったのが「サリン事件」でした。上九一色村とサティアンという聞いたこともない言葉を知らされました。濃厚なナルシーな世代なのだと思います。オームの信者の「修行だ、修行だ」という連呼にも驚きましたし、何の根拠もないのに「仏教」を名乗る教祖にころりとまいる神経も理解出来ませんでした・・・その動因に「ナルシズム」がある・・・・


 思い出しても何とも漫画的発想の不思議な事件・・それ以後もこうした「妄想」みたいな事件が続きました。・・・なぜ、若い人が「自己洗脳」を求めるのか・・・不思議でした。

 身近な人から、そうした疑問へのヒントをもらいました。「自己愛=ナルシズム」です。ギリシャ神話の「水に映った自分の姿に恋をして 水仙にされてしまうという話」ですね。自分は優れている・・今は見つからなくても、きっかけさえあれば・・・(お釈迦さんも「天上天下唯独尊」と言って誕生されたというように) 人間の自分が最高!というのは人間の業のようなものでしょう。

 ・・・私が「世界観」と言っているのは、自分を「全体の中に位置づける」という事です。「人間は社会関係の総体」というのも、自分から出発せずに、自分が取り結んでいる社会関係から自分を見ていく・・・ある生徒さんに書いたように「コペルニクス的転回」をすることです。・・・親鸞さん的に言えば「絶対の中の相対」・・・人はこの世では原理的に理想的な人間になることは不可能(人間は不完全な存在)・・ただ、萌芽を積み上げるだけだ。です。

 人は大人になって、自己相対化が出来るようになるものなのですが・・・それが出来なかった人々が大量に発生した時期だったのでしょう。目指すは「理想的自己」です。 


 自己愛(ナルシズム)について(続1)

目指すは「理想的自己」・・・・・・・ これは妄想です。こんなものは煩悩の最たるものです。

 自分だけは良い生活が出来るはず。自分だけはもてるはず。自分には隠れた才能があって・・・こんな人が「ナルシスト」になりやすいようです。・・・私がこの論議で関心をもっている人は一つの類型のようです。高校生用語の「ツンデレ」の「ツン」の要素を強く持つ人・・・そういう人に「ナルシー」を感じてしまいます。昔から「自分を安売りしない」そういうタイプの人がいました。(男の場合は、遊び人以外は社会的向上心を持つのは当然ですが)「見られる性」としての女性が、自己実現をめざす事は珍しく・・「結婚に未来を託す」事が多かったのでしょうし、そうした中での「安売りをしない」だったのでしょう。

 社会的身分が確立している時代なら「身分の釣り合い」という形で自己を定位出来るのでしょうが・・現代の高校生は、どのように「価値観を維持するのか」微妙なものがあります。・・・・社会階層・階層による文化、価値・・・趣味(スポーツ文化・オタク文化・表現性)そうした微妙な価値意識が・・・クラス内の小グループの成立要因になっているように思います。


* 自分で書いていて・・意外な方向に話が行っているのに驚いています。「ナルシズム」を心理学的に考えるのではなく、社会学的に考えると違った視野が開けそうです。
  * それにしても「教育現場」でこうした社会学的認識がまったく欠けているのはどうしたものでしょうか。「階級」をふせる・・・そのことによって良好な立場を手に入れるのは「上層」の人たちです。「しつけがいい。文化環境に恵まれている。社会的に臆さない」・・・さずがに育ちのいい人は違う。という事になります。・・・そこに目をつぶって見ないようにして来た事が、今の教育の壁になっているのではないか。(生徒達を意欲し、いどもうとする価値観から見ていく・・・そんな視点が重要だと気づいたのは、ほんの去年の事でした)
  * 「恋愛は自由」今時、恋愛に制限をかける人などいない・・表面的にはそう見えます。前の文でちらっと書きましたが「まったくそうではない」という事を生徒の例で知りました。ある親御さんですが「あの子はうちには相応しくないと思っています。恋愛は自由ですが、結婚は考えられません。ですから家につれてくるなと言っています」恋愛は自由だ・・・と言いながら、親はそういう形で介入する事が出来る・・そのことが若い二人に影を落とすことになります。(私が興味本位に私生活に首をつっこんだので知ったのではありません。教育的問題が発生して、その中で知ったことです)

  * 一度切ります。(続く)

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