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ビクトルハラのことなど

 昨日から・・・昔のことが思い出されてなりません。先日、NHKBSで落語を見ました。米丸師匠だったのですが・・お年なのにびっくり・・・・アナウンサーと話しているときはよぼよぼのお爺ちゃんでしたが・・一度高座となると、一変しました。話は「気づいたら、若返っていた」という内容で・・まるで不条理演劇でも見ているような不思議な落語でした。・・・ここにも「命」と向き合っている人がいる。そう思いました。

昨日、突然思い浮かんだのが「ビクトル・ハラ」でした。1973年9月11日、南米チリでクーデターがおこりました。合法的に成立した「アジェンデの人民連合政府」が倒されました。大統領は最後の演説をしたあと、銃撃戦で死亡しました。支持者はサッカー場に集められました。ビクトル・ハラは歌手でした。数千人もの人々と共にスタジアムに閉じ込められるやがて拷問や処刑が始まると、ハラは皆を励ますためギターをとり人民連合のテーマ曲『ベンセレーモス(勝利するぞ)』を歌う。軍人たちは怒ってハラのギターを取り上げる、「歌えるものなら歌ってみろ!」脅迫されたハラは今度は手拍子で歌い続ける兵士は彼の両腕を折り、さらに指を銃の台尻でメチャメチャに打ち砕いたという
ハラはそれでも立ち上がって歌おうとする彼は銃剣で口元を切られ、雨のように機関銃の弾丸を撃ち込まれ死ぬ34歳の若さだった

宣言 (EL MANIFIESTO)

歌うために歌うのではない
いい声だから歌うのでもない
ぼくが歌うのは
ぼくのギターに感情と理由があるから

ぼくのギターには大地の心がある
それから小鳩の翼が
だからまるで清い水のように
栄光や苦悩を洗ってくれる
ここにぼくの歌はきれいにはまる
ビオレータ・パラの言ったように
働き者のギター
春の香の匂う

金持ちの持っているようなギターではない
それに似たようなものでもない
ぼくの歌は
星々に届くための足場
ほんとうの真実を歌いながら
死んでいく者の血管の中で脈打つとき
ぼくの歌には意味がある
はかない追従や外国での名声ではなく
地の底まで届く革ひもの歌だ
そこにすべてのものがたどり着き
すべてのものが始まっていく
勇敢であった歌は
いつでも新しい歌なのだろう
いつでも新しい歌なのだろう

ネットで検索して、久しぶりにこの歌に出会った。197?年 街の映画館で「サンチャゴに雨が降る」を見た。客は少なかった・・たぶん、どんな映画なのか知る人も少なかったのでしょう。この映画のころ、中島みゆきの「時代」も流れていたような気がします。
1975年 < そんな時代もあったねと  いつか話せる日が来るわ
         あんな時代もあったねと  きっと笑って話せるわ >

「時代」もそんなに大ヒットとは言えなかったように覚えています。このころ何故ヒットしないと不思議に思っていた曲がありました「サトウキビ畑」です。1967年に作曲されたといいます。私は1968年頃 上条恒彦さんの歌をライブで聞きましたが・・・たぶん一部の人しか知らないかったと思います。(なぜ流行らない・・)結局、みんなに知られるようになったのは2003年の「さんまさんのTVドラマ」からじゃないでしょうか・・その間30年くらいたっています。そしていまだに知られてない曲が このEL MANIFIESTOです。私はこの日本語訳でないので知りましたが・・残念ながらユーチューブにも無いようです。

              www.geocities.jp/jarastkyj/vicbiography.htm

     kajipon.sakura.ne.jp/kt/jara.html
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