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修学旅行通信(裏1)

   2年前長崎県立美術館で
   舟越保武さんの展覧会を見ました 2008.12.11   (個人ブログに加筆)
聖原の城
 11月に(修学旅行の班行動の時間に)長崎県立美術館で舟越さんの展覧会を見ました。母校の大学の彫刻科の教授だったにも関わらずその仕事を知りませんでした。神経質なきれいな女性像を作る人・・その程度の知識しかありませんでしたし、西坂の26聖人殉教地碑も端正な表現は理解できても今ひとつピンとこない状態でした。

 今回の展覧会では二つの作品に感銘を受けました。一つは長崎の砂岩で作った一連の女性像です。白い大理石ではなく、グレーの暖かみのある石が作品をすばらしいものにしていました。
 
 また「原の城」と題した武者姿の作品は彫刻の表現に独自な境地を見せるものになっています。原の城がキリシタンの抵抗の場であった島原の「原城」のことだということを知りませんでしたし, 落ち武者風の武士がキリシタンである事も今まで気づきませんでした。頭部だけの習作?もありましたが、くり抜かれた目と頭部の空洞が悲劇を強調しており、空間を彫刻に取り込む意図が作者にあったように思えました。

 一連の作品を見て、ある種の傾向を持つ「彫刻家個人」が、様々な作品を作りながら、自分自身の表現にたどり着く過程を見せてもらい、なおかつ作られた時代性*を感じることができました。

 基本を外した感想かも知れませんが、舟越さんの彫刻は物質的ではない精神的な表現を追いかけているように感じました。・・・ロダンが「歩く人」で試みたように、地球の重力に抗して立つそうした重力との拮抗が彫刻本来のあり方だと私は理解して来たのですが・・ブールデルにもマイヨールにもそれは感じられます。

 舟越彫刻と奈良の十大弟子に共通するもの・・「重力の無視」を感じてしまったのです。こんな事を書くと先生は怒るかも知れませんが・・・・・・・・・・・・・・・・・以前から興福寺の十大弟子に繊細で絶妙な彫刻として優れているのに、西洋彫刻との異質さ、「重力」の軽視や博多人形につながる感覚を見ていました。いまでいう「かわいい」を重視する日本文化の源流がここにあるように思います。(阿修羅を作ったのが日本人であったかは不明ですが・・)
                                         2008.12.11

26聖人
ここから書き始めましょう。去年、N君が遠藤周作の「沈黙」を読んでいる・・という事を言っていました。こんな話しです(ネットから切り貼り)

     夜明けに、ロドリゴは奉行所の中庭で踏絵を踏むことになる。すり減った銅板に刻まれ
     た「神」の顔に近づけた彼の足を襲う激しい痛み。そのとき踏絵のなかのキリストが「踏
     むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつため
     に私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」と語りかける。・・・

秀吉の禁教からはじまったキリスト教弾圧は過酷なものとなり、「ミノ踊り」というようなわらで出来た簑(みの)に火をつけるという刑罰がなされたりしました。私たちの行く長崎や島原・平戸などは・・キリスト教信者が絶滅させられたあとに作られた町と言ってもいいくらいです。何が問われたか「神を信じて死ねるのか」という事です。これを殉教と言います。
遠藤さんは・・自分に嘘をつかない。自分の信仰を捨てない・・・というキリスト教の厳しさ・・を疑っているのです。踏み絵・・キリストの顔を踏みつける・・事をキリストは本当に許さないのか

 キリスト教の厳しさ・・思想・を問うているのです。私はブログに「時代性」と書きました。

 被爆を文化祭で語ってもらった市原さんに私は「十字架を背負った人」を見ました。遠藤周作さんにしろ、舟越さんにしろ・・戦争(第二次世界大戦)を背負っているのだと思います。

 戦争を止められなかった自分を背負っているのだなあ・・・舟越さんの作品を見ながら、そうした苦悶している作者が見えて本当に驚きました。(私は、ヨーロッパ風のきれいな女性を作る彫刻家としてしか見ていませんでした・・本当に失礼なことです)
 舟越さんが・・キリスト者であったにも関わらず、原城での闘い・・天草四郎を中心とするキリスト教徒4万人が包囲され殺されるわけですが・・・英雄、聖人として作らなかった・・空虚を見るような表現に本当に驚いたのです。
 ↑上の26聖人の像は50歳ころの作品です。展覧会には26体の彫刻と同じ大きさのデッサンが並んでいるのに驚きました。・・正直言うと、この26聖人の像は真面目で丁寧ですが感動的という感じを受けませんでした。ところが60歳の時の原の城 は・・きれい・・そうしたものではなくすごみのある、敗残・空虚・・心の支えを失った人間を作り出したように思います。

  神よ何故我々を助けなかったのか・・と問うているような作品です。

     ( ネットから引用 )

ダミアンは、ベルギー人の神父で、三十三歳の時にハンセン氏病の人たちが隔離さ れているハワイのモロカイ島に自ら志願して赴任した人だ。神父が患者たちにいたわりと同情の言葉をかけても、誰も聞いてくれない。「貴方達、癩者は」と呼びかけても彼らの心に響かないのだ。ダミアン神父は、それでも患者たちの生活の世話と治療を続けた。十年たったある時、足に熱湯をこぼしたが熱さを感じなかった。顔や手にその病の兆候が現われた時、彼は初めて患者たちに、「我々癩者は」ということができた。

ダミアンの悲願であった、患者たちへの言葉がやっと通じたのだ。 このダミアン神父の残された写真を見た舟越保武氏は、恐ろしい程の気高い美しさを感じ、その像を作ったとい う。これ以上崩れることはないと思われる顔の中に、美醜を超えた強い気品を覚えさせる彫刻である。
病醜のダミアン
 
                     美しさを追い求めた舟越さんは
                 一方で 醜さの中の美を 追い求めた人でもあった。






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